top of page

20hive #02 中澤利彦さんレポート No.1

  • 2020年12月2日
  • 読了時間: 6分

更新日:2020年12月14日

毎年、立命館大学映像学部中村研究室主催で様々なテーマに沿った企画を行う20hive。今年のテーマは「シンセカイ」。イベントでは、エンターテイメントや表現の世界に挑戦されている方々をお招きして講義していただきます。第2弾では、ダンサーとして国内外でご活躍されている中澤利彦さんをお迎えしてトークショーを開催しました。



中澤利彦さんプロフィール


大東文化大学モダンダンス部にてダンスを始める。卒業後、一般企業に3年間就職後、ダンスの夢を諦められずに退職。

2010年、25歳の時にNYに単身渡米。その後ダンスの本場NYにてダンスの専門学校に通いながら、技術を磨く。

2013年、アーティストビザ(別名、卓越能力者ビザ)取得。






今回のトークショーでは、中澤さんの過去・現在・未来についてお話ししていただきました。このレポートでは、“ダンスを始めたきっかけ”についてレポートします。

––––––大学時代からダンスを始めたとのことですが、それ以前はダンスに興味がありましたか。

中澤利彦さん(以下、中澤さん) ないですね。大学までは本当に球技やってて、サッカーとかバスケットしていて、それまでダンスは、なんか運動会とか学園祭で、みんなで踊るとかあったじゃないですか。あれで踊らされるぐらいしかなかったですね。

––––––じゃあ、そこではまだ、自分が大学でダンスをするとは思っていなかったんですね。

中澤さん そうですね。大学入ってからなので、全くなかったですね。

––––––では、なぜ大学でモダンダンス部に入ったのですか。

中澤さん 何か新しいことがしたくて、サッカーとかバスケットとかしていたんですけれども。やっぱり、そんなに強くなくて、僕自身が。でその時に、大学から始められるもので、みんなスタートラインに立てるもの、体一つでできるもの、ということを考えたときに、武道とかダンスとか考えたときに、最初テコンドー部行ったんですけど、その隣がダンス室だったんですよね。で、テコンドーを見てたら、ダンス室の師匠に「見にくれば?」みたいな手招きされてそこで見たいろんなことが衝撃的で、もうそのまま次の日入部みたいな感じですね。

———テコンドーとダンスって離れていると思うんですけど、ダンスにしようという気持ちになるんですね。

中澤さん 何もなくても人を驚かせたり楽しませたりできるというのがダンスだったり、もしかしたら武道だったり、というのもやってって言った時にバスケットとかっていうのはボールがなきゃできないし、バトミントンでもラケットなきゃできないし。そうなったときに、やっぱり自分の今ある体だけで何かできないかな、といったところでダンスというのもその時に興味を初めて示した感じですね。

———モダンダンスというのはどういったダンスなんですか。

中澤さん モダンダンスは、歴史が古いんですけど、すごくざっくり言うと創作ダンスに近い。創作ダンスは、一応最初にテーマを決めるんですけど、テーマを決めてそれに対して踊ると。だから、ストリートダンスとはまた違う要素がある。モダンダンスというのはそれに型があるんですよ一応。武道でも型があるように、なんとかスタイルとかって、Aスタイル、Bスタイル、Cスタイルっていろんなスタイルがあって、一応それがモダンダンスという歴史の中でのAスタイル、Bスタイル、Cスタイルっていう中なんで、すごくざっくり言うと創作ダンスという大きな円に、モダンダンスの方が歴史は古いんですけど、一応その中にモダンダンスというのがあって、そのなかにまたさらにいろんなスタイルがある。一つのジャンルですよね。ダンスのジャンル。ブレイクダンスがあったり、ヒップホップダンスがあったりする、一つのモダンというダンスのジャンルですね。いろんな形があります。型とか動き方。

———大学でのモダンダンス部の中で1番心に残っている出来事とはなんですか。

中澤さん 1番最初に舞台に立った時が、新歓(新入生歓迎会)があって、僕はもうその時入部したんで、5月に最初に新入生に対して踊るっていうのがあったんですよ。1年生なんですけど、大学の。新入生歓迎会の5月の時に同じ新入生に対して1年生が踊ります、みたいな。そこで踊ったのが初めてで。舞台っていうか、キャンパスの中にちょっとしたステージがあるんですよ、僕の大学が。もしかしたら皆さんの大学にもちょっとご飯食べたりとか、みんながちょっと見れる場所だったりとか、ちょっとした舞台だったりとか。そこで初めて踊った時に、20人ぐらい同じ部員がいたんですけど、新入生が。なんか、初めてみんなと一緒に踊れたという感覚ていうのは、もうバスケットとかサッカーとかはレギュラーにもなれなかったし、ベンチにも入れなかったし、だからもう応援ですよね。上のみんなが見てるところで、下級生と一緒に応援してる、なんかそのステージにも立てないという感覚だったんですけど。舞台にも立てないじゃないですか。5人に選ばれないと。でも初めて5月に踊った時に、ああみんなで踊ったという感覚が、すごく。レギュラーなんですよね。舞台に立てば、みんなレギュラーじゃないですか。それの感覚ってやっぱり初めてだったかもしれないですね。みんなと一緒に試合に出たという感覚がすごく記憶に残っております。

———大学卒業後に一般企業に就職されたということなんですが、そこではどのような経験をされたんですか。

中澤さん 飲食店ですね。飲食店のマネジメントです。それに入って3年間勤めていた感じですね。アルバイトさんを雇ったりとか店舗の運営、料理作るのもそうなんですけど、基本的には店舗の売上管理とか、皆さんアルバイトしている人も多いと思うんですけど、店長さんがいつもしている仕事を、ですね。

———その仕事をやめてダンスの道に進んだということなんですけれども、なぜダンスを続けようと思われたのですか。

中澤さん 大学4年間ダンスをしてきて、なんとなく一生懸命やって、初めてさっき言ったレギュラーみたいな感じで、すごく自分が好きなものを見つけたと大学の時に思って、初めて夢中になれたものだったんですが、4年生になった時に、みんな就活するんですよね。僕もプロになるかとか、もっと踊りたいとかいう気持ちもゼロじゃなかったんですけど、その道がわかんないっていうか。周りにそういう人たちも少なかったので、だからそういった道筋があまり見えなくて。じゃあちょっとみんな就活するから僕も就活する。3年生の12月から就活しはじめて、4年生の4月か5月に内定決まったんで、じゃあもうとりあえず決まったところでちょっとぐらいやってみようみたいな感じで入ったところが最初の会社だったんですけど。だからダンスやりたかったんですけど、なんかみんな就活するから僕もしよう、なんとなく決まったところで、なんとなくやりがいもあったし忙しかったんで。で、そこで3年間ダンスやりたかったんですけど、ちょっとずつ時間も無くなっていって、フェードアウトしていって、ダンスをやめたんですが、やっぱりもう一度やりたいと思って辞職した、というのがきっかけになりますね。

今回はここまで!次回のレポートに続きます!

このトークショーの様子はYouTubeにて配信中です。是非ご覧ください。

 
 
 

コメント


  • Twitter
  • Instagram

20hive 立命館大学映像学部中村研究室

bottom of page